“大企業OLなのにベンチャー社長”というオンリーワンな働き方を実践 株式会社ハピキラFACTORY 代表取締役社長 正能 茉優さんインタビュー

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近年は、女子大生起業家というのも珍しくない。学生時代に起業し、若き経営者として活躍している女性は数多くいる。

今回お話を伺った正能茉優さんも、いわゆる女子大生起業家だ。大学3年生の21歳のときに、地方の商材をプロデュースする「ハピキラFACTORY」を設立。

これだけなら、最近よく耳にする女子大生起業家だが、正能さんは大学卒業後も大手企業に勤めながら、ハピキラFACTORYの代表取締役社長としても活動。学生時代に立ち上げた会社で仕事をこなすだけでなく、OLとしても働いているのだ。

現在、正能さんは25歳。若き経営者として、そして大企業のOLとして働く彼女に、そのキャリア形成についてお話を伺った。

大好きな軽井沢を守りたいという気持ちから新聞の子ども記者に

正能さんは、小中高と一貫教育の学校に通っていた。中高生時代はハンドボール部で活躍する一方、小学6年生から高校3年生まで、読売新聞の子ども記者として活動していたという。
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「いわゆる受験勉強はしていませんでしたが、子ども記者の活動でさまざまな経験をさせてもらいました。著名人に会ってお話を伺う機会がとても多かった。今の私があるのも、出会った人たちに対して“かっこいいな”と思ったところを自分の人生に取り入れていった感じですね」

子ども記者になろうと思ったきっかけは、環境問題。子どもの頃、軽井沢へ頻繁に行っていた正能さんは、自然が大好き。しかし、小学4年生頃から地球温暖化が問題視され始めた。そのとき、ダイオキシンを考慮して学校の焼き芋大会などが中止になるなど、身近な問題として捉えていたという。

「このままでは、大好きな軽井沢が大変なことになってしまう。何かできないかなと思ったときに、自然のすばらしさや楽しさをみんなに伝えれば、もっと自然を大事にしてくれるのではと子どもながらに考えました」

小学生でそこまで考え、行動に移せるというのはなかなかできることではない。正能さんのアクティブさを物語るエピソードだろう。

長野県小布施町へのインターンシップが最初のターニングポイント

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大学は慶應義塾大学の総合政策学部、通称SFCへ入学した。
このSFCで、正能さんの最初のターニングポイントが訪れる。大学1年生のときに、長野県小布施町でのまちづくりインターンシップへの参加だ。

当時、国土交通省が主体となって、全国の自治体でいろいろな地域の学生を集めて町の課題を考えるという、インターンシップが行われていた。正能さんがとっていた講義を受け持つ教授がその人員をたまたま募集していたので応募した。

まちづくりインターンシップは2週間泊まり込みのプログラム。そこで行われていたのは、建築系の学生を中心とした都市計画系の話ばかりだった。道路や建物をつくるという話ばかりをすることに違和感を感じた正能さんは、小布施町の町長にある提案をした。

「町を元気にする話をしているのに、なんで道路の話ばかりしているんだろうと思っていたんです。その時に思い浮かんだのが、ダボス会議。スイスのダボスという町は、世界経済フォーラム、通称ダボス会議を開催することでとても有名になりました。同じように小布施でも、みんなに知ってもらえるようなイベントをやればいいのにと思ったんです」

それが成功したら、小布施のヒーローになれるかもしれない。そんな気持ちもあったそうだが、正能さんはインターンシップ終了後も、小布施に定期的に通い、2年後の2012年9月に「小布施若者会議」というイベントを開催。“地方×イベント”の成功モデルとなり、現在は全国の各地域で開催されている。小布施若者会議も今年で5回目の開催となる。

イベント自体は成功に終わったのだが、正能さんには不満があった。それは女性の参加が少なかったこと。全体の4分の1にも満たない女性参加者数を見て、正能さんはなぜだろうと考えた。

「いくら地方が楽しいよって言っても、女性はなかなか来てくれません。私も最初に小布施に訪れたときは、何もないし暗いしと思いこんでいました。しかし実際に小布施で生活をしてみると、地元の方がみんな挨拶をしてくれたり、地域のお祭りに一生懸命だったりと、とてもいいところ。そこで思ったのが、「地方」を知る女性向けの入り口をつくってあげれば、女性も来てくれるのではということでした」

そして正能さんは、「かわいい」ものを入り口に地方を知ってもらおうと考え、ハピキラFACTORYを設立する。

初めての商品開発でのドタバタ劇が第二のターニングポイント

ハピキラFACTORYは、地方の名産物をかわいらしくプロデュースして、発信することで、若い女性に手に取ってもらうことを目的としている。その第一弾商品は、小布施の銘菓である“栗鹿の子”だ。

若い女性から見たらかわいくないパッケージの栗鹿の子を、バレンタイン仕様のパッケージで販売することを思いつき、実行に移す。ここで第二のターニングポイントが訪れる。

「当時、SFCにいながらもデザインやものづくりの授業を取っていなかったんです。だから何も知らない状態で商品開発を始めてしまったんですね。最初は外箱を100個つくろうと思って、自分たちでデザインをしてパッケージ工場へ発注したら、最低ロットが2000個だと言われて。ロットって何? って思ったんです。結局、2000個外箱を発注しました」

正能さんは「このままでは全部売ることはできない」と思い、販路をつくる。そして、渋谷のパルコでポップアップショップを出店した。発売の前日、商品搬入の際、2000個の栗鹿の子を見て、「すごい多い。やばい」と思ったそうだ。

結局、テレビのニュース番組などで取り上げられ、10日間で2000個を売り切ることができた。

「最初は、楽しそうだから1回やろうと思ってたんです。でも、私が好きなものをつくってるだけなのに、地方が元気になって、お金までもらえて、最高だなと思って。それで続けることにしました」

このとき、外箱が2000個ではなく100個だったら、もしかしたらハピキラFACTORYは現在なかったかもしれない。

「ロットってすごいですよね(笑)」

正能さんはあっけらかんと笑う。この予想外の成功があり、正能さんはハピキラFACTORYを「きちんと、ものを売る会社にしよう」と決意した。

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▲ハピキラFACTORYが初めてプロデュースした小布施の“栗鹿の子”。『かのこっくり』という名前で販売。

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▲これまでにハピキラFACTORYでプロデュースした商品の一部

大企業OLとベンチャー社長の組み合わせでオンリーワンに

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その後、ハピキラFACTORYでの活動と並行しながら、大手広告代理店へ就職する。当時の正能さんは、「オンリーワン」になろうと作戦を立てていた。

「女子大生起業家は、私たちの世代には結構多いんです。そのなかでオンリーワンになるには“◯◯なのに女子大生起業家”という文脈に自分を置いたらいいのではと考えました」

大手広告代理店では、プランナーとして各種案件の戦略を担当。忙しかったそうだが、仕事自体はすごく楽しかったという。もちろん、ハピキラFACTORYの活動も。主に週末などに地方出張に行ったり、商品開発をしたりしていた。

現在は、より自由に働ける環境を求め、2016年10月よりソニーに転職。就業時間前と後、週末などにハピキラFACTORYの仕事をこなしている。

お話を伺っていると、仕事三昧な生活にように感じるが、本人は楽しんでやっているという。

「楽しくないことはやり続けることができないんです。一度やってみて、楽しいことは続けていくけれど、嫌になったら辞める。楽しいうちはやり続けます」

正能さんにとって仕事とは、“こういうことをやれば、世の中がもっと良くなるのに……”そんな意義と意志を持って楽しみながらやるものだという。

「よく、“仕事は大変なものだ”と言う人もいますが、“大変だ”、“しんどいものだ”って思わない仕事があっても、いい気がするんです」

自分のやりたいことや好きなことをとにかくやろうという正能さんの意志の強さを感じる。

すべてのことをバランスよく楽しむ「ビュッフェキャリア」

正能さんの話を聞いていると、仕事が大好きな人というイメージだが、実はそうでもないという。

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「私は仕事も好きですが、友達や家族や彼氏や趣味など、全部バランスよく楽しみたいタイプなんです。それぞれの項目は70点でもいいから、人生の全体を120点にしたいと思っています」

正能さんは自分の生き方を「ビュッフェキャリア」と呼んでいる。ホテルのビュッフェみたいに、パスタでもカレーでも食べたければ両方食べればいい。その代わり、食べすぎないように7割くらいにキープする。

正能さんにとって、企業に勤めることも、自分の会社を経営することもどちらもやりたい。それなら両方やろう。考え方はとてもシンプルだ。

しかし、なかなか2つの本業を両立させるのは難しい。コツは、時間の使い方だという。正能さんは、「一時間あたりの価値を高めること」を常に心がけ、人生配分表というものをつくっているそうだ。

「仕事、家族、彼氏、友達などの項目を出して、それぞれ人生の何%を使うかというのを決めています。それを1週間あたり何時間と割り当てて、その計画に沿って生活をしています」

1日2回は友達や家族、彼氏と会う。土日のどちらかは家で過ごす。正能さんは、自分が楽しく生きられるように、ルールをつくっている。一見忙しそうな生活を送っているが、本人はほとんどストレスを感じていないという。

「ほんと楽しい、この仕事」

正能さんは、こともなげに言って笑う。

複数の仕事をやることで中長期的なキャリアを描きやすい

現在は、日本郵便のふるさと小包の商品開発などを手がけたり、静岡で小中学生と一緒に商品開発を行ったり、中学で講師として教壇に立ったり、テレビのニュース番組にコメンテーターとして出演するなど、多彩な活動を行っている。

将来的には、母校であるSFCで教えるという夢もあり、すでに準備も始めているという。

一般的には、仕事というのはひとつを選び、それに邁進するというイメージがある。しかし正能さんは、大手企業で働きながら自分の会社も経営。その上、今後も別の仕事に挑戦しようとしている。

仕事を一本に絞らないのはなぜだろうか。

「一本化しないことで、中長期的なキャリアを描きやすいと思います。例えば、私が3年後に大学の教授になりたいと思っていたとします。そのためには、中学校か高校で授業をした経験がないとダメって言われたとして、その講師に関してのお金はあまり気になりません。自分の叶えたい「大学で教える」ためのステップだから。OLとして安定した収入があるからこそ、そういう風に考えられるんです。複数の柱を持つことで、自分が本当にやりたいと思ったことを、お金に縛られずにやってみることができるのは、よかったなと思っています」

正能さんにとっては、それぞれの仕事両方ひっくるめて、自分の人生。別々に考えるということはないという。別々に考えることのほうが「不思議だ」と感じている。

成功するまでやり続ければ、失敗しない

最後に、独立を考える人にメッセージをお願いした。するとこんな答えが返ってきた。

「失敗とか考えずに、もっと気軽に、やってみたらいいと思います。成功するまでやり続ければ、失敗しません。私も、最初の商品が100個だったはずが2000個になっちゃったけど、そこであきらめていたら失敗談で終わったわけですが、“しょうがない、売るしかない!”って言って売り切ったから成功したわけです」

正能さんは、人生をやり直したくないという。偶然に偶然が重なってここまで来たから、もう二度とこんな人生は歩めないと感じているらしい。

しかし、その奇跡は正能さんが引き寄せたもの。大好きな自然を守りたいという小学生のときの強い想いが、子ども記者活動、そして地域活性化という活動につながり、自分の生き方を運命づけた。

現在は、中小企業庁の「兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する研究会」にも、委員として参加。兼業を実際に行っている正能さんの立場から、意見を出しているという。

「私の人生はiPhoneみたいな感じなんです。好きなアプリを見つけたらダウンロードして使ってみるし、嫌になったら辞めちゃうし」

興味のあることに素直に飛び込み、楽しければ続けていく。あれこれ考える前にやってみる。好きならば成功するまで続けていく。そういう純粋な気持ちが、複数の仕事を成立させる秘訣なのだ。

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正能 茉優

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