自分の体験をビジネスに! 授乳服専門の「モーハウス」を経営する光畑由佳さんインタビュー

公開日:2020年02月25日

東京青山にある授乳服専門ショップ「モーハウス」。マタニティグッズや子育てグッズを扱う店は多くあるが、「授乳服」を専門に扱う店は珍しい。あらゆるモノが溢れるなかで、ここまで的を絞ってビジネスを行っているのはなぜだろうか。その背景には、代表である光畑由佳さんの強い想いがあった。

目次

起業のきっかけとなった電車のなかでの体験

子育ては我慢ではない

商品が売れなくても事業を続けてきた理由

これから起業する人へのメッセージ

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起業のきっかけとなった電車のなかでの体験

インタビューカット

光畑さんは、もともと美術展の企画や建築関係誌の編集などをしていたという。どうして授乳服の販売をはじめたのだろうか。

「結婚と同時に東京からつくばに移ったことが、大きな転機になりました。私には東京や神奈川に友人がいたのですが、子どものいる友人と会おうとすると、いつも『うちに来てくれる?』と言われてしまうんです。私が茨城で友人が神奈川に住んでいるのだから中間の東京で会えばいいと思うのですが、そうはならないんですね。当時はこれが不思議でした」

その答えは、ある体験をきっかけに分かった。

「19年前、3歳と生後一ヵ月の子どもを連れて電車に乗っていると、突然、下の子が泣き出してしまったんですね。周りの人に迷惑をかけないようにいろいろと試したのですが、全然泣き止んでくれません。そこで『これはもう仕方ない』と決意して、授乳をしたんです」

光畑さんによると、当時は子どもを連れて外出することさえ珍しかった時代。まして電車のなかで授乳する人はいなかったはずだ。どんな気持ちだったのだろうか。

「頭のなかが混乱していましたね。『授乳』というのは子育てとしてごく普通のことなのに、多くの視線が私に向いているのが分かりました。それが恥ずかしいし、怒りのような気持ちもわいてきますし……。でも、この時に分かったんです。こういうトラブルを避けたいから、友人たちは子どもを連れて外に出たくなかったんだ、と」

現在、子育ては男女で行うものという価値観が、ようやく根づきはじめている。だが当時は、出産により自分の時間を持てなくなった女性が、今よりもたくさんいたはずだ。

子育ては我慢ではない

インタビューカット2

何かをしなければいけないと感じた光畑さんは、すぐに行動をはじめた。

「はじめて授乳服をつくってみたんです。それを着た瞬間、自分のなかの世界が大きく変わっていくのが分かりました。『これを着れば、子どもを連れてどこへでも行ける』という自信を感じたんです」

このときの授乳服が、いま販売しているものの原型となった。モーハウスの授乳服は、デザイン性や安全性だけでなく、肌が露出しないことにもこだわり抜かれている。文字通り
「どこででも」授乳できるよう配慮されているのだ。

「『子育ては我慢』と言われることがありますが、それでは子育てが楽しくなくなってしまいます。お母さんたちだって家に閉じこもらず、自分らしくいていいと思うんです。この授乳服は子育てするお母さんと社会をつなぐツールになるのではないか、そんなふうに思いました」

こう考えた光畑さんは、さっそく授乳服の販売をはじめた。期待通りに売れたのだろうか。

「それが、ほとんど売れませんでした。私がつくった授乳服に共感してくれた友人がポツポツ買ってくれる程度だったんです。決してお客様のせいにするわけではないのですが、お母さんたちは自分の収入がなくなっていますし、これから子どもにお金がかかることが分かっています。買い物に慎重になる時期なんですね」

一般的に、子育てには2,000万円から3,000万円のお金がかかると言われている。わずか1年から2年で終える授乳のためにお金を使いたくないという気持ちはよく分かる。

子育てする母親の役に立ちたいと願って授乳服の販売をはじめた光畑さん。思うように商品が売れなかったころ、何を考えていたのだろうか。

「すごく勝手なのですが、仲間だと思っていた人に裏切られたような気持ちでした。その一方で、電車のなかで授乳したときの私と同じ気持ちの人が必ずいるはずだとも思っていました。辛い状況ではあったのですが、せめてその人たちに届けるまでは続けたかったんです」

こうした想いが伝わったのか、光畑さんの授乳服は少しずつ受け入れられるようになっていった。

「うれしかったのは、お金を払ってくださったお客様からお礼状が届くようになったことですね。本当に励みになりました」

そして、販売開始から約5年後、8人のスタッフとともに有限会社モーハウスを設立。2005年には、東京青山にはじめての実店舗もオープンした。

商品が売れなくても事業を続けてきた理由

店内1

▲モーハウスつくばショップの店内写真。

ところが、会社設立後も授乳服が大量に売れているというわけではないという。

「そもそも、授乳服を専門に扱うビジネスモデル自体、大きな利益を期待できるものではないんですね。それは、個人事業時代も、法人化後も変化はありません」

それではなぜ、授乳服にこだわった経営を続けているのだろうか。

「一つは、私たちの授乳服が社会の役に立つと思うからです。子育て支援起業を経営しているつもりではないのですが、お母さんたちが子どもの授乳を心配することなく外出できるようになれば、産後うつのリスクを軽減できると思います。また、お母さんの気持ちが安定することで、夫婦仲が良くなるかもしれません」

育児へのプレッシャーや不安による「産後うつ」や、出産後に夫婦の仲が悪くなってしまう「産後クライシス」。いまや社会問題の一つとして数えられている。しかし、授乳服を着て子どもと気軽に出かけられるようになれば、こうした危険を避けることができるかもしれない。

「もう一つは、授乳服を販売する『モーハウス』という会社が、私のチャレンジする舞台のように思えるからです。もともと日本人は着物を着ていましたから、どこでもサッと授乳していたはずなんですね。私たちがつくっている授乳服はこうした生活を再発見し、日本を“世界で一番子育てにやさしい国”にできるかもしれません」

店内2

▲ショップで定期的に開かれている、光畑さんが講師を務めるワークショップの様子。育児と仕事のバランスや、子育て中のママが自分自身を楽しむ方法などについて、体験談を共有したり、光畑さんがこれまでの経験からアドバイスしたりと、活動は多岐に渡る。

ビジネスとは本来、より大きな利益を得るための活動である。しかし、光畑さんはそれよりもはるかに大きなものを見ているようだ。

もう一つ、光畑さんには抱いている想いがある。

「私たちの仕事が、いろいろな働き方のヒントになればいいと思っています。出産したことで仕事を辞めざるを得なくなってしまう女性は少なからずいると思いますが、授乳服をうまく使えば子連れが可能になります。同じようにさまざまな事情で制限がある人は多いと思いますが、工夫することで働くことができるようになるかもしれませんよね。会社側もその分だけ優秀な人を雇える可能性がありますよね。こうしたお手伝いをしていきたいと思います」

店内3

▲モーハウスでは、創業当初より子連れ出勤が可能。いつでもどこでも授乳可能なモーハウスの授乳服を着て、働くママたちが赤ちゃんと過ごせる職場環境になっている。(左)つくば本社の事務所での風景(右)子連れでの接客をしている様子

これから起業する人へのメッセージ

インタビューカット3

最後に、これから起業しようと考える人へのメッセージをお願いした。

「私は、絶対に起業するべきだとは考えていません。やはりリスクはありますし、会社員として定期的に収入を得るほうが楽だという人もいるでしょう。それは全然悪いことではないと思います。ただ、もし起業したい気持ちがあるのなら、深く考え込みすぎずに一歩踏み出すことが大切です。例えば『完璧な事業計画書をつくってからにしよう』と考えていると、10年経ってもはじめられませんから。小さくても一歩踏み出せば、社会にいい影響を生む可能性がありますよ」

光畑さんはいわゆる“女性起業家”だが、女性が起業することについてはどう考えているだろうか。

「女性はライフステージに応じて働ける時間に変動があります。そう考えると、自分で働き方をつくっていける起業という選択肢は悪くないと思います。私の場合は自宅で起業したので、親子が常にそれぞれの気配を感じられたのがよかったですね」

自分の経験から授乳服をつくり、自宅でビジネスをはじめた光畑さん。「小さな一歩でも社会にいい影響を生む」という言葉は印象的だ。まずは、自分にできることをはじめることが大切だ。

光畑由佳

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