田舎にこそビジネスチャンスがある。限界集落で古民家の宿を経営する古民家宿LOOF 保要佳江さんインタビュー

最終更新日:2020年10月07日

東京から電車で約2時間。富士山と甲府盆地の中間にある山梨県笛吹市芦川町。平成18年に笛吹市に合併される前は、芦川村という名称だった。

自然が豊かで、全国的にも珍しいニホンスズランの群生地として知られ、「山梨のチベット」と呼ばれている。

人口は約400人。そのうち半数以上が65歳以上。芦川町は、いわゆる限界集落だ。年々人口減少傾向にあるだけでなく、空き家問題や耕作地放棄問題なども抱えている。

その芦川町で、古民家を再生した宿『澤之家』『坂之家』を経営しているのが、保要佳江さんだ。保要さんは芦川出身。彼女がどうして芦川で宿を経営するに至ったのか、お話を伺った。

目次

“世界の貧困問題を解決したい”という想いを抱いていた学生時代

ふるさとをなんとかしたい!初の主催イベント『囲炉裏フレンチ』を芦川で開催 

朝と夜のバイトをしながら古民家宿『澤之家』オープン

自分のやりたいことが結果的に地域の人にプラスになれば

田舎で活躍できる人材を育成していきたい

自分の想いを伝え続けることが大事

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“世界の貧困問題を解決したい”という想いを抱いていた学生時代

保要さんは、高校の途中まで芦川で過ごした。両親は東京出身だが、「いい環境で子育てがしたい」ということで芦川に移住したそうだ。当時からすでに過疎化は進んでおり、小中学校の同級生は8人。通っていた甲府の塾のほうが、人が多かったという。

風景
▲芦川町の風景

その後、高校入学後しばらくして家族は隣町に引っ越し。保要さんは山梨県内の高校を卒業し、東京の明星大学に入学する。

「大学では国際教育関係の勉強をしていました。狭い村で育ったので、海外に行きたいという思いが強かったんです。新聞記事で世界の貧困について読んだときに、貧困問題を解決する仕事に就きたいと思い、留学して語学が学べそうな大学を選びました」

東京にいた祖父母の家に住みながら大学に通っていた保要さんは、大学3年生のときに語学留学のためアイルランドで1年間過ごす。そして帰国後、1年間休学して、農村指導者の養成学校である『アジア学院』に住み込みでボランティアとして活動をする。

「私は、青年海外協力隊になりたいという夢があったので、『アジア学院』でボランティアを始めたんです。青年海外協力隊に行く人が技術習得のために通うところでもあったので、私に合っているかなと思いました」

しかし、そこで保要さんは、自分には知識や技術が伴っていないと判断。「今の私には何もできない」と感じたそうだ。それと同時に「自分の身近なことを変えられないのに、世界を変えることはできない」という友人の言葉に背中を押される。

ふるさとをなんとかしたい!初の主催イベント『囲炉裏フレンチ』を芦川で開催 

そこで、海外ではなく自分の身近なことから始めようと思い、自分の生まれ故郷であり、限界集落と呼ばれている芦川のことに興味を持ち始める。芦川で何かをやりたい。その思いが強くなった時期だ。

そして大学卒業後、農業関係の『国立ファーム』という会社に就職。そこでは直営のレストランの運営を担当。村おこしをしようと思っても、当時の保要さんは何をしていいのか分からなかったため、とりあえず“農業”という軸で会社を選んだという。

国立ファームには4年間在籍。最後の1年間はレストランの店長として店を切り盛りしていた。そして、働きながら芦川で初のイベントを企画。芦川にある古民家にフレンチのシェフを呼び、囲炉裏でフランス料理を食べるという『囲炉裏フレンチ』というイベントだ。

保要佳江さん1

「就職してからずっと、私は村おこしをすると言っていたのですが、何もしていなくて(笑)。周囲からそろそろ何かやらないの? と言われていたんです(笑)。たまたま会社の人と芦川に遊びに行ったとき、行政が建て直したきれいな古民家がいくつかできていたのですが、特に使われていないということを知ったので、知り合いのフレンチのシェフを呼んで、古民家でフレンチを出したらおもしろいだろうと思い、始めました」

その囲炉裏フレンチ。単価は1万円ほどで、限定36人というものだったが、大盛況。結局1年間で4回開催した。

「イベント自体は成功したと思うんですが、全然もうからなくて(笑)。そのとき助成金を使ったということもあり、地域の人たちから結構批判されたりしました。東京から来た人が、税金を使ってもうけていると。もうかっていないんですが(笑)」

保要さんは、当時双子の姉、そして妹と活動をしていたこともあり、地元で注目されていた。それが逆風になってしまったという感じだ。

朝と夜のバイトをしながら古民家宿『澤之家』オープン

その出来事が保要さんの意識を変える。誰にも文句を言われないように、自分の力だけでやろうと決心。ビジネスとして継続的にできるものをやろうと模索した結果、古民家を宿にしようという結論に至る。

このとき、保要さんは国立ファームを退社。2014年の1月から山梨の両親のもとに戻り、芦川での活動を開始。Facebookでボランティアを募り、建築士と大工さんと一緒に古民家の改修を始めるとともに、クラウドファウンディングで資金調達も始める。

改修作業1
▲改修作業の様子

改修作業2
▲ボランティアのメンバーや大工さんとともに、保要さん自らも手を動かして改修作業を行った

「会社員時代の貯金では資本金には足りなかったので、朝5時からお昼まで旅館でバイトをして、日中は改修作業、夜はバーで働いていました。会社員時代の飲食の経験が活きましたね(笑)」

快活に笑う保要さんだが、話を聞く限りはかなりのハードワークだ。そして2014年10月、1軒目の宿『澤之家』がオープンした。

澤之家
▲1軒目の宿『澤之家』。明治40年頃に建てられた兜造りの古民家

自分のやりたいことが結果的に地域の人にプラスになれば

澤之家は、1日1組限定。2万円の施設使用料のほか、一人6500円の宿泊料となっている。最大10名まで利用可能。大人数で宿泊したほうが一人あたりの料金は安くなるシステムだ。夕食はバーベキューか囲炉裏での食事がつく。

「最初は素泊まりだけのつもりだったんですが、周囲に飲食店もコンビニもないところなので、急遽料理をお出しすることにしました」

実際宿をオープンしてからは順調ということ。最近では海外からの宿泊客が増えているそうだ。

現在は2軒目となる『坂之家』をオープン。現時点では個人事業主として「古民家宿LOOF」という屋号を掲げているが、今年中には法人化する予定だという。

スタッフは社員として保要さんの兄が現場責任者を担当。そのほかアルバイトが数名おり、保要さんは東京と山梨を行ったり来たりしながら仕事をしているという。

保要佳江さん2

「囲炉裏フレンチのときに、助成金の問題でいろいろな人から批判されたりしたときは一番つらかったですね。そのときはくじけそうになったんですけど、ここで辞めたら私のこの先の目標がなくなってしまうという想いがあって。そのときに、地域の人のためというのではなく、自分が好きなことをやって、その結果地域の人にとってもプラスになる活動ができればいいなという考え方に変わったんです」

田舎で活躍できる人材を育成していきたい

保要さんは、現在の状況は予想よりもうまくいっていると感じているそうだ。

「自分が楽しいと思っていることができて、ビジネスとしても成立していて。小さいけれど、空き家が少しでも再生できて、地元の人が抱えている問題解決にもなっていると思っていて。地域の方も喜んでくれて、自分も楽しい。すごくいい形だし、自然にできているなと感じています」

今後は、何軒か宿をつくったら、別の業態もつくっていきたいと思っているそうだ。そして、自分と同じように、地元をどうにか再生させたいという想いを持った人たちへ協力もしていきたいという。

「私のところに、田舎で働きたいという若い人がたくさんやってきます。しかし、自分の地元を再生させたいという強い想いはあるんですが、方法を知らないんです。そういう人たちに、ちゃんと田舎でもビジネスができて、自分の時間もつくれて自分のやりたいことをやれるようなノウハウなどを伝えて、田舎で活躍できる人材を増やしていくことに興味があります」

例えば、古民家を使った宿泊施設をフランチャイズ化して、芦川以外の限界集落などで展開するということも一案としてあるという。

自分の想いを伝え続けることが大事

最後に、保要さんに独立や起業をする際のポイントを伺った。

「今のようにビジネスができているのは、自分がひたすら『やりたい』と言っていたからだと思います。そうすると、周りに後押しされて、やらないといけない方向に向かっていったというのがあったので。自分の想いを周りに伝え続けることは結構大事だなと思っています」

そして、「田舎はビジネスチャンスがたくさんあると思います」と保要さんは言う。

保要佳江さん3

「家賃が安いし、ライバルも少ない。というかほとんどいない(笑)。かなり低いリスクでビジネスが始められるんです。現在の事業形態では毎月の支出が少ないので、気が楽なんです」

気分的に楽だと、いろいろと発想も自由になってくるという。現在は、古民家の運営以外に、グランピングというお手軽で快適なキャンプ施設の運営を考えているそうだ。他のキャンプ施設との差別化もできるため、多少単価は高くなるものの、ビジネスとして成立すると考えているという。

そして、海外への進出も夢として持っている。

「今年からどんどん海外に行って、やることと場所探しをして準備を始めようと思っています。まだ何も決めていないんですけど(笑)。できればまったく違うことをやっていきたい。最初はアジアですかね。距離的にも近いので」

保要さんは、現在の生活をとてもエンジョイしているという。そして、子どもの頃からの夢である、海外でのビジネスも実現しようとしている。

自分の生まれ育った場所で、自分が楽しいと思えるビジネスを行い、それが地域への貢献につながっている。保要さんのような生き方は、とても理想的なのかもしれない。快活に笑いながら話す保要さんを見ていると、そんな風に感じた。

公式ホームページ
古民家宿 LOOF

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