もちもち「寝かせ玄米」で現代人に適した健康ライフスタイルを提案 結わえる代表取締役 荻野芳隆さんインタビュー

公開日:2020年04月08日

近年、おしゃれなカフェや雑貨屋などが集まる東京都台東区蔵前。そこに人気の飲食店「結わえる本店」がある。

「結わえる本店」では、ランチタイムに、玄米、旬のものを使ったお惣菜、具だくさんの汁物、漬物といった定食を提供。ディナータイムは居酒屋として営業している。

ここで出している玄米は、通常の玄米ではなく「寝かせ玄米」というもの。通常、玄米は食べづらいという印象があるが、寝かせ玄米はもちもち感が高く、食べやすい。

その寝かせ玄米を開発し、「結わえる本店」を始め複数の飲食店を経営しているのが、荻野芳隆さんだ。

大学卒業後コンサル会社を経て、荻野さんはなぜ寝かせ玄米にたどり着いたのか。お話を伺った。

目次

アルバイトと旅行に明け暮れた学生時代

起業を見据えてコンサル会社に就職

東洋医学と現代人の嗜好をミックスした新ライフスタイル「メリハリ寝かせ玄米生活」

商品開発とビジネスモデルの構築に3年を費やす

寝かせ玄米を使った弁当事業をメインにスタート

80点の食生活を伝えるのが正しい

国内外でライフスタイルの提案をしていきたい

会社の存在意義を固めたほうがいい

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アルバイトと旅行に明け暮れた学生時代

荻野さんは埼玉県所沢市出身。高校卒業後、明治大学経済学部に入学。特に何かになりたいという展望はなかったが、漠然と「起業したい」という想いはあったという。

「いい高校に行き、いい大学に行き、いい会社に入る。それって何のためなんだろうというのは昔から思っていて。大学に入るときくらいから、将来起業しようということは心に決めていました」

手に職を付けたほうがいいだろうという考えから、高校大学時代はアルバイトばかりしていた。いろいろなアルバイトをしていたというが、一番長かったのは飲食店。居酒屋で厨房などを担当していた。

そのアルバイトで貯めたお金で、初めてアメリカ旅行をしたのが高校2年の夏。単純に日本がいやで、アメリカに憧れがあったという。それ以来、アルバイトをしてお金を貯めて、長期休暇時に旅行をするという生活を繰り返す。

高校大学の7年間で、海外は25カ国ほど、国内は全都道府県を訪れた。そこで気がついたことが「日本っていいな」ということだ。

「海があって、山があって、温泉があって。四季があって、自然が豊かで住んでいる人もいい人。安心安全で飯もうまい。世界を回ってから日本に帰ってくると、こんないいところはないなと思いました」

起業を見据えてコンサル会社に就職

インタビューカット

また、日本を旅行しているときに地方の産業が衰退化していることも感じた。同時に、荻野さんは自分がやりたいことも見えてきた。地方の産業を盛り上げるような事業をしようと考えたのだ。

ただし、大学卒業後すぐに起業することはしなかった。そこで起業に一番近道だと思われる業種として、コンサル会社を選択。そのなかでも、クライアントのほとんどが中小企業の船井総研に就職する。

「コンサル会社は経営を教える会社なので、経営の勉強になるだろうと思い就職しました。船井総研はクライアントが中小企業なので、直接企業の経営者と仕事ができるというのもポイントでした」

船井総研には5年間在籍。主に食品関連の企業のコンサルを担当していた。そこで、運命の出会いが待っていた。

東洋医学と現代人の嗜好をミックスした新ライフスタイル「メリハリ寝かせ玄米生活」

食品関連のコンサルをやっていくうち、食事療法や東洋医学という世界に触れるようになった。そこで、荻野さんは「師匠」と呼べる人と出会う。その師匠は食事療法を行っており、ガンやアトピー、高血圧や糖尿病という病気を、食事により治していく。

「病院をやめ、薬をやめて、食事療法だけで治していく様子を見て、すごいなと思いました。そこで、コンサルをやりながら先生に東洋医学や食事療法、栄養学などを勉強しました。すると、病気になるメカニズムというのが分かってくるんです」

当時の食事療法は、肉、魚、乳製品、酒、タバコなどはダメ。徹底的な玄米菜食主義だった。ただし、それはガンなどの病気を治すためのもの。そのくらいやらなければいけなかったのだ。

荻野さんは、勉強を始めてから玄米を初めて食べたとき「まずい」と感じた。玄米が有用なことは分かっている。しかし、玄米がおいしくなければ続けるのは難しい。

そして開発したのが「寝かせ玄米」という、玄米の炊き方の手法だ。それと同時に、ライフスタイルも変えようという結論に達した。

「僕はラーメンも食べたいし、寿司も食べたい。焼肉も食べたいし酒も飲む。ただし玄米も食べる。メリハリをしっかりつけてコントロールすることで、病気の予防になるのではと思ったんです」

具体的には、朝は食べず、昼ごはんに寝かせ玄米とシンプルな和食のおかず、そして夜は食べたいものを食べる。荻野さんは、これを「メリハリ寝かせ玄米生活」と命名した。

加えて、このようなライフスタイルを広げていくことで、病気の問題や地方の伝統産業の問題も全部解決できるだろうという考えもあったという。

現在、結わえる設立から8年。結わえる本店に加えて池袋と渋谷に玄米おむすびのお店「いろは」をオープン。順調に荻野さんの提唱する「メリハリ寝かせ玄米生活」は浸透しているようだ。

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▲結わえるで提供されている定食

商品開発とビジネスモデルの構築に3年を費やす

荻野さんが寝かせ玄米のきっかけとなった東洋医学に出会ったのは、就職して2年目のこと。そして、5年目に退職して結わえるを設立する。起業準備としては3年ほどあったが、その間、ビジネスモデルの模索をしていたという。

「まずはどうしたら玄米をおいしく炊けるのかを研究していました。いわゆる商品開発ですね。それとビジネスモデルの構築です。それに3年かかったという感じでした」

自宅にさまざまな調理器具や玄米を取り寄せ、さまざまな玄米の炊き方を試行錯誤。そして生まれたのが「寝かせ玄米」だ。

開発には思っていたよりも時間がかかったというが、急いで起業しようとは思わなかったそうだ。

「売りになるものや強みがない状態で起業をしてもうまくいかないというのは、コンサルをしてたくさん見てきてましたから」

起業を見据えてコンサル会社に就職したというのは、荻野さんの先見の明があったということ。経営者を目指すなら経営者と仕事をするというのは、思いつくようで意外と思いつかないことかもしれない。

寝かせ玄米を使った弁当事業をメインにスタート

開業資金などに関しては、学生時代からアルバイトメインの生活をしたいたということもあり、自然と貯まっていたという。特に両親などからの反対もなく、開業自体はスムーズに進んだ。しかし、最初からビジネスが順調だったというわけではないようだ。

「開業は2009年2月です。最初は今の場所から5分ほど離れた飲食店の居抜きを借りていました。最初のビジネスは、丸の内のオフィスビルに勤めている人向けに、寝かせ玄米のおむすびと具だくさんの汁物の弁当事業をやっていました」

このビジネス自体は悪くはなかったものの、思ったより広がらなかったという。荻野さんは「早すぎた」と分析している。玄米自体はまだ珍しく、お弁当といっても汁物のみ。おかずがないということで、ビジネスマンには物足りなかったのかもしれない。

当時は、会社員時代の知り合いの女性と、EC担当の3人でスタート。弁当事業のほか、飲食店とECをやるというのは当初から決めていた。2009年11月に飲食店もスタート。職人も雇い、昼は玄米定食、夜は飲み屋という、今の結わえる本店と同じスタイルだ。

当初は飲食店のほうは客数ゼロの日もあったということだが、徐々に人気になり、遠方から来るお客さんも増えた。一方で、弁当事業のほうは思ったより伸びなかった。

80点の食生活を伝えるのが正しい

インタビューカット2

2012年から結わえる本店を現在の場所に移転し、弁当事業からは撤退。そして、寝かせ玄米のレトルトパックの通販を強化。2014年には池袋にいろは一号店をオープンするなど、一気に事業規模が拡大した。

「2014年までは、1店舗プラス通販という感じだったのですが、2014年にレトルトパック製造の工場をつくり、店舗を増やしたことで一気に“企業”になったような気がします」

それからは、毎年倍々ペースで売り上げは伸びているという。玄米食への時代のニーズが高まってきたのが一番の理由ではないかと、荻野さんは分析している。女性芸能人などが寝かせ玄米を食べていると話していたり、実際に来店するということもあり、特に若い女性の美容・健康という側面に響いているようだ。

「当初は、30代40代をターゲットにしていました。それは今でも変わりません。30代40代は健康が気になる頃でもあります。そこで、たくさん食べて飲んで、それでも一生太らず健康に過ごせるライフスタイルを送ろうよ。それを子どもたちにも伝えていこうというのが、僕たちの考え方です」

玄米が体にいいというのは、分かる。しかし、実際玄米を自分で炊いて食べると、それほどおいしくないため、続かない。

「食事はおいしくないと絶対ダメですよね。僕がよく言っているのは、80点でいいんだよということ。『正しいこと』を伝えるのが正しいのではなくて、『できること』を伝えていくことが正しい、というのがこの仕事を始めてから気づいたことです」

寝かせ玄米

▲寝かせ玄米のレトルトパック。結わえる本店で味わえる寝かせ玄米が自宅でも食べられるので大人気の商品。ほかにも、メリハリ寝かせ玄米生活を楽しく過ごすための商品も展開している

国内外でライフスタイルの提案をしていきたい

荻野さんに、開業当時の予想と今を比べるとどう思うか尋ねてみた。するとこんな答えが返ってきた。

「ちょっと遅いかなという感じですね。宅配や、飲食店を1つちゃんと成立させるまでが結構時間がかかりました」

その原因として挙げられるのが、自分が未熟だったことだという。

「僕は会社員時代に、飲食店のコンサルをあまりしていなかったんです。こういう店にしたいという想いはありましたが、そのためにどうしたらいいのかというのはそれほど知らなかった。ただ、ビジネス戦略や構想、ビジョンには100%自信があったので、辛くても諦めないという想いはありました」

将来「結わえるビレッジ」をつくるのが荻野さんのビジョンにある。2020年頃にはスタートさせたいと思っているという。海や山がある場所で、温泉やレストラン、直売所などからスタート。将来的には畑や養鶏所、住居などもつくりたいという。

「結わえるビレッジは、テーマパークでもあり、製造生産の場でもあり、販売の場でもあり、住む場所でもあるという。日本だけでなく世界中の人に来てもらって、日本のいいところを感じてもらいたいと思っています。ほんとうの完成までは何十年もかかると思うので、毎年少しずつ拡張していく感じです」

もう一つのビジョンとして、いろはを日本全国の主要都市に出店することと、海外進出だ。特に海外には「ライフスタイルの提案」をするという感覚だという。

「もちろん玄米は売りますが、欧米だったら全粒粉のパンでもいいんじゃないですか。考え方は同じですから。その国その国に適したものを使って、ライフスタイルを提案していきたいですね」

会社の存在意義を固めたほうがいい

最後に、独立起業を考えている人へのアドバイスを伺った。返ってきたのは「何のためにビジネスをしたいのか」ということだ。

「何のためにそのビジネスをしたいのか、何を成し遂げたいのか、どういう役に立ちたいのか。つまり会社の存在意義をある程度固めてから独立したほうが強いと思います。そういう情熱や想いがあれば、困難が起きても諦めないようになりますし、メンバーやお客さんがついてきてくれると思います。儲かる儲からないも大事ですが、結果としてそういう想いがあったほうが儲かるんじゃないでしょうか」

取材後、「寝かせ玄米」を取り寄せて食べてみた。以前、自分で玄米を炊いて食べていた頃は、ボソボソして食べづらいという印象だったが、寝かせ玄米はまったく違った。まるでお赤飯を食べているような食感と味なのだ。

結わえるでは、定期的に寝かせ玄米の炊き方講座といったセミナーも行っている。自分で寝かせ玄米を炊けるようになれば、さらに「メリハリ寝かせ玄米生活」が楽しくなる。興味のある方は、参加してみるといいだろう。

公式ウェブサイト
結わえる

Facebookページ
荻野芳隆

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