釜石の復興支援から社長へ就任! KAMAROQ社長中村博充さんが語る「生き残れる人材」とは?

公開日:2016年07月25日

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岩手県釜石市といえば、三陸地方の海の幸が豊富な地域だ。その釜石市は、2011年3月11日の東日本大震災で被害を受けた地域でもある。

その釜石市にあるKAMAROQ(カマロク)株式会社は、釜石市を中心とした魚介類を使ったオリジナルまんじゅう「釜石 海まん」の開発・製造・販売を手掛ける会社だ。

その社長を務めるのが、中村博充さん。29歳という若い社長だ。

安定した職を捨て釜石市の復興支援へ

中村さんは、兵庫の大学で電気工学を学び、東京に就職。半導体、電子機器の輸入販売を行う商社で、自動車の衝突試験などで使用するシステムの輸入販売の営業を担当していた。当時の仕事は楽しくやりがいがあったという。また、ニッチな部門ということで競合会社も少なく、安定した仕事だった。

しかし、2013年に釜石市の復興支援をする「釜石リージョナルコーディネーター(通称:釜援隊)」として活動を開始する。きっかけは、2013年の2月ごろ、先に復興支援に行っていた友人に声をかけられたことだ。

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「社会人3年目くらいに、僕はこの会社のこの仕事がしたくて、ここにいるのかという疑問に自分自身が答えられなくなった時期がありました。そこで、いろいろな仕事を見て勉強しようと思いました。会社に残るのか、それとも転職するのがいいのか。自分で積極的に選択したいと思いまして。

そして、転職エージェントに話を聞きに行ったり、社会人向けの勉強会を自分たちで開いたりして、いろいろな仕事や生き方を学びました。そのなかで、NPOやNGO、復興支援という仕事があるということを知りました」

それまでの中村さんは、「安定した仕事をしたい」という気持ちが強かった。しかし、見聞を広めていくなかでやりがいや志のある仕事に就きたいという気持ちが強まったと言う。

今までの仕事か、もっとやりがいのある仕事か。心が揺れ動いているときに、釜援隊の制度設計に参加していた友人から誘いがあったことで決意。2013年4月に正式に釜援隊に参加。東京から釜石市に移住することになる。

「誰かの役に立っている」と実感できるのが本当の仕事

釜援隊は、市内で産業支援を行うNPOや第三セクター、福祉・コミュニティー支援を行う公民館や仮設住宅の見回りなどを行っている各団体の活動を支援し、関係者間の連携を促すのが主な役割だ。

釜援隊の業務は、何か事前に明確な仕事があるというわけではない。実際に現場に行って、そこで問題点を探り、解決すべき課題ややるべき仕事などを、市役所や連携団体、地域の方達と一緒に考えていくというスタンス。

会社勤めをしていた中村さんにとっては、今までやっていた仕事とはまったく異なる。

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「与えられる仕事をこなすのと、自分で仕事を作っていくというのは、頭の使い方が全然違います。会社ならば、売上目標が掲げられそれを達成していきます。しかし、釜援隊で復興の手伝いをするというのは、自明な目標がありません。その目標も自分たちで決めていくことになるので、どのような自分の判断軸を持つのかというのが重要です。また、さまざまな意見や批判があるので、それに耐える思考力と精神力も必要。それらをこなしていくのは難しいと思いました」

釜援隊でそのような仕事をしていくうちに、中村さんの気持ちが変わっていった。自分の仕事が、どのように社会に役立っているのかが明確になり、やりがいを感じるようになったという。

「前職が自動車の衝突試験装置を扱っていましたが、自動車を買った人からお礼を言われることはありません。自分のやっていることが社会にどう役立っているのかピンと来ないので、自分はこの仕事や社会に必要な存在なのだろうかと考えることがありました。しかし釜石では、自分がやっている仕事が釜石市の人たちのために役に立っているということがわかるので、しんどくても頑張ろうと思えました」

中村さんは、仕事とは本来そういうものだということを釜石市での活動で学んだという。

復興支援から地元企業の社長に就任

釜援隊の仕事は、9時から5時まで働けば終わりというものではない。地元の人との円滑な関係を築く必要があるため、朝から晩まで、土日も地元の人と一緒に活動するということが多い。

しかし中村さんは、そのような仕事をすることで個人的なスキルアップができると感じた。

「僕が目指していたのは、自分で仕事を作ることができる人間です。釜石での仕事は、そういう考え方を身に付けるのにはすごくいい環境だなと思いました」

そして、中村さんに再度大きな転機が訪れる。地域の水産業を地域連携で盛り上げるために、会社を立ち上げることになり、その社長に推されたのだ。その会社がKAMAROQだ。

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「キリンが被災地の水産業支援を行う“キリン絆プロジェクト”があり、その支援事業と、地元の企業5社が集まり活動していた“釜石六次化研究会”とを繋げる計画が浮上(2013年4月頃)。僕はそこに参加して、支援を受けられるように準備を進めました。そして支援を受けられることになり、新製品の開発などを開始することになります」

大手飲料メーカーであるキリン株式会社から1年間で3000万円の支援を受けることになったのは、2014年6月のことだ。そこから新製品開発を開始。地元の海産物を使った「海まん」を開発し、テスト販売までこぎつけた。

1年間の支援期間終了後、海まんの事業を継続させるためには法人を立ち上げる必要があるということで、2015年7月にKAMAROQを設立。そのときに、釜石六次化研究会より中村さんに社長のオファーが。中村さんは、このオファーを快諾した。

「プレッシャーはありました。しかし、会社をやめて釜石に来たときから、自分で事業をやる、経営者になるというイメージがあったので、その経験を積むためにも是非引き受けさせて頂きたいと思いました。また、周りに経験豊富な経営者がたくさんいるので、サポートしてもらいながら、精一杯頑張らせてもらいたいという思いもありました」

中村さん自身、大学等で経営の勉強をしたことはない。経営学の本を読んだくらいだ。しかし、周囲の人たちにアドバイスをもらいながら、社長業をこなしている。釜援隊としての業務とは異なり、自分でやるべきことや目標を立てて、それに向かって事業を進めていくということは、思ったよりも大変な作業だということを実感しているという。

「しんどいことも含めて、すごくやりがいがあります。僕は今年30歳になりますが、このような経験を20代でできているのは、釜石の皆さんからとても有り難い環境を頂いているからだと思っており、大変感謝しています」

自分で仕事を作れる人が生き残る時代になる

中村さんは、4年間のサラリーマン生活を経て転職した。前職では希望する仕事も任せてもらえるなど、特に不満はなかったという。

おそらく、そのまま会社にいればそれなりのポジションになり、末永く安定した仕事を続けられたことだろう。それでも、新しい生活へと飛び込んだ。一見思い切った選択のようだが、中村さんにとっては思い切った選択ではなかったようだ。

「終身雇用が形骸化している現在、自分で仕事を作れる人が生き残る時代になると思っています。そう考えたら、会社から与えられた仕事をこなすよりも、釜石のように裁量と責任を与えてもらえる環境で仕事をするという経験を積んだほうが、逆にリスクは低いと思いました」

いわば、発展的な転職。自分がどのような人生を歩みたいのか、どういう人間になりたいのか。中村さんにはおぼろげながら、将来の自分が見えていた。その自分に近づくためには、サラリーマンでいることよりも独立する必要があると、中村さんは考えたのだ。

もし、独立起業について迷っている人に中村さんがアドバイスするとしたら、どのような言葉になるのだろうか。そう尋ねると「行動」という答えが返ってきた。

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「情報を集めるというのは重要だと思います。僕も、初期のころは転職エージェントなどに相談をしていました。意思決定をするときに、たくさんの情報を集めて選択肢を多く持った上で、自分のやりたいことになるべく近いものを探すというのは大事だと思います。そのなかで、気になる人がいたら実際に話を聞くというのが一番ではないでしょうか。説明会に行ったり、個人的に話を聞きに行ったりするのは、重要というより必要だと思っています。そういう行動を起こして、自分の中で整理して決めるという感じですね」

そして、最終的には「やらないで後悔するより、やって後悔したほうがいい」とも思ったという。

「将来引退してから子どもや孫に話をするときに、自分はどういう選択をして生きてきたと伝えたいか。そういうことはちょっと思ったかもしれないですね」

「海まん」を釜石名物にしていきたい

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KAMAROQで開発・製造・販売を行っている海まんは、現在ホタテのアヒージョ味、鮭のグラタン味、鯖のカレー味の三種類がラインアップされている。釜石を中心に三陸の旬の素材を使っている。

2015年の11月から販売を開始。通信販売のほか、地元の地域産品店を中心に販売。東京でも岩手のアンテナショップや物産展などで販売していることもある。また、東京・恵比寿にあるワインバー「君嶋屋」で食べることも可能だ。

ホタテは、釜石市のブランドホタテ「泳ぐホタテ」を、サーモンは最上級の「レッド」のみを使っている。鯖は、釜石市の食品会社と岩手大学が共同研究をしている蓄養サバ(天然鯖をいけすで飼育したもの)を使用。

中村さんは「ゆくゆくは釜石名物やご当地グルメになればいいなと思っています」と海まんについて語る。

「◯◯商店の海まんとか、釜石の◯◯漁港の漁師さんが作った土曜日限定10個の海まんというように、釜石に来ないと食べられないメニューも増やすことで、岩手に来たら釜石に寄って海まんを食べようと思ってもらえるものになればいいですね」

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海まんは、温かいおまんじゅうのためどうしても秋冬に人気が集中。そのため、現在は春夏をメインにした新商品の開発に着手しているという。1年を通して売り上げを安定させることが、KAMAROQの次の課題なのだ。

釜石市の基幹産業である水産業で、地方創生を。一見当たり前のようだが、その当たり前を実現することはとても難しい。

しかし、中村さんは常に前に進んでいく。自分の進む道は自分で切り開いていく。それが釜石で学んだことであり、中村さんが選んだ道なのだから。

KAMAROQ株式会社

http://kamaroq.com/

釜援隊

http://kamaentai.org/

横浜君嶋屋

http://www.kimijimaya.co.jp/

キリン株式会社

http://www.kirin.co.jp/csv/kizuna/topic/000067.html

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