音楽の道から「統計分析の道」へ。データ分析で世界をハッピーに 株式会社サイカ 平尾喜昭さんインタビュー

公開日:2016年09月07日

3ac6770b686fda7a

「どうしようもない悲しみ」というものを知ってしまった人は、どうやって癒やされるのだろうか。誰かの愛かもしれないし、満ち足りた生活かもしれない。悲しみを共有できる人の存在かもしれないし、孤独かもしれない。答えは人それぞれだ。

統計分析を基にコンサルティングや各種ツール開発・販売を行う株式会社サイカの代表取締役CEOである平尾喜昭さんは、そんな「どうしようもない悲しみ」を解決するために現在の事業を始めた。

すべての始まりは、中学2年生のときだ。

父親の会社倒産が音楽人生の始まり

平尾さんは、私立の中高一貫校で青春時代を過ごす。教育熱心な家庭だったのかというとそうではないという。

altテキスト

「中学受験をしたのは、小学校の教師の薦めでした。『元気すぎるので、このままにしていたら高校も行かない子になる』と母親が言われたらしいんですよ(笑)。それで、ダマされるように中学を受験しました」

どうやら、小学校のときはかなり活発だったらしい。

そんな平尾さんに大きな人生の転機が訪れるのは、中学2年生のとき。父親の務めていた大手百貨店が倒産。このとき、平尾さんは「どうしようもない悲しみ」というものがあることを知る。

両親の影響もあり、子どものころから音楽に親しんできた平尾さんは、この出来事を機に音楽にのめり込む。この「どうしようもない悲しみ」をどうにかしたい。その想いからプロを目指すようになる。

高校に進学後は、バンド活動にのめり込む。高校卒業後は音楽の見聞を広めるためにカナダ・バンクーバーに留学をする。日本に帰国後、メンバーを集めてバンド活動を開始した。

プロミュージシャン志望の学生が竹中平蔵ゼミに

バンド活動を行っているとき、平尾さんが中心となってチャリティーイベントを開催した。きっかけとなったのは、バンクーバーで知り合った韓国人。彼が徴兵に行くことになり、平和について考えるようになる。そして、平和をテーマにしたチャリティーイベントの主催を行う。

「そのとき初めて、ライブハウスでいろいろとお膳立てされたところではなく、自分たちでイベントを立ち上げて人を動かすということを経験しました。しかし、まったく人を動かすことができなかった。こういうことをちゃんとできないとまずいなと思ったんです。ただでさえ音楽業界が衰退していく中で、僕たちは戦っていけないのではないかと」

平尾さんは、音楽ばかりやっていては生き残れないと思い、大学進学を決意。慶応大学の総合政策学部、いわゆるSFCに入学する。

大学入学後もバンド活動を続け、大学2年生のころには音楽活動の主軸を韓国に置くようになる。韓国でイベント出演やレコーディングなどを重ねていくうちに、もっと韓国のオーディエンスのことを理解しないといけないと思うようになった。

具体的には、日本人と韓国人の性格の違いだ。そのバックボーンにあるのが、経済や政治の仕組みの違いということに気付き、大学3年生のときに政治経済のゼミに入る。

altテキスト

「選んだゼミの先生が竹中平蔵先生だったんです。ゼミの志望理由が“世界一のミュージシャンになる”というわけのわからないものでした(笑)。完全におもしろ枠で入ることができた感じですね」

当時の平尾さんは、金髪のポイントカラーに革ジャン、もちろんアクセサリー類もジャラジャラ着けていたというゴリゴリのバンドマンスタイル。竹中先生も面食らったことだろう。しかし、先生には気に入られていたようだ。

「レコーディングをしたマスターCDはいつも先生に渡していました。先生も音楽が好きだったもので。また、自分たちの大きなイベント出演時などは、スタンドフラワーも贈ってくださって。ファンからしたら、“竹中平蔵って誰だろう?”という感じだったと思うのですが(笑)」

この竹中ゼミが、平尾さんの人生を大きく変えることになる。

自分にしかできないこと。それはどうしようもない悲しみを生み出さないこと

竹中ゼミでは、学生が半期に1回経済政策を作るという課題があった。その効果をシミュレーションするために、統計分析を利用する。平尾さんが統計分析に出会った瞬間である。

統計分析に出会ったとき、平尾さんに衝撃が走った。

「父の会社の倒産のことが頭に浮かんだんです。もし、会社が倒産する前にこの客観的な数字の世界があったら、違う結末があったのではないかと。どうしようもない悲しみというものが、起こらない可能性があったのではないかと」

そこで平尾さんは、人生最大の選択を迫られる。「どうしようもない悲しみ」を癒やすための音楽を続けるか、「どうしようもない悲しみ」を万に一つでも引き起こさない可能性のある統計分析の道を歩むのか。

結果、統計分析の道を選ぶ。

altテキスト

「それまで、どうしようもない悲しみが生まれることは仕方ないという前提で音楽をやっていた面があったと思います。もし、どうしようもない悲しみを引き起こさないことができるのだったら、どちらが自分にしかできないことかと、すごく悩みました。そして、どうしようもない悲しみを引き起こさないことのほうが自分にしかできないことじゃないかという結論に至ったんです。なんで音楽をやっているのかという原点に戻った感じですね」

その後は、記憶が飛ぶくらい統計分析の勉強をする。高校時代、数学の点数は2点というときもあった平尾さんだが、好きなことにはとことんのめり込む性格。音楽を始めたときと同じくらいの情熱を、統計分析に注ぎ込んだ。

悲しみをなくすためにコンサル業からアプリ開発へ

大学卒業時、平尾さんはすでに起業することを決めていた。就職するという道は考えていなかったようだ。

「就職という考えは一切ありませんでした。父の会社の倒産で、“安定なんかない”と思っていたので。唯一安定できるのは、戦うこと。独立していることが一番安定していると思ったんです」

通常なら、企業に属して毎月給料をもらえることを「安定」と呼ぶ。しかし、平尾さんの人生経験がその安定は危ういものであるということを嗅ぎとっていたのだろう。いくつかの起業案のなかから、統計分析を活かしたコンサルティング業として株式会社サイカを立ち上げる。2012年2月のことだ。

統計分析を主軸においた業態にしたのも、できる人自体が少ないため、起業後すぐに受注があると予想できたからだ。

起業当初は2人。しかし、現在は21人まで社員が増えた。それは、事業内容を拡大していく過程で必要性があったからだ。大きく変わってきたのは、3年前から。コンサルティング業務に限界を感じていたことが、業務の拡大に繋がっていく。

altテキスト

「コンサルティングを行っているなかで、僕たちはクライアント以上に仮説を持つことはできません。そうなると、分析結果は単なる分析でしかなくて、実際に業務の意思決定に使われていないと感じ始めていました。簡単に言えば、言い訳のためのレポートを作っている感じです」

平尾さんは、父親の会社倒産のような不幸をなくすために、統計分析の道を選んだ。しかし、コンサルティング業務を通じて感じたことは、「どうしようもない悲しみをなくす」という最初の想いと繋がっていないとういこと。

そこで、仮説を持っている人自身が分析データから仮説を検証できるシステムを作ろうということになり、誰もが簡単に使える統計分析アプリの開発に取り掛かる。それが2013年にリリースした「XICA adelie(アデリー)」だ。

多くの人をハッピーにするために特化型ツールを開発

XICA adelieは、ユーザー自身が統計データを分析し、これまで把握が難しかった施策と成果の関係性や、施策同士の影響度などがわかるツールだ。

しかし、XICA adelieにも弱点はあった。それは、「いくら統計分析が簡単になっても、問題意識があって仮説力がある人にしか使えない」ということ。要は、使う人のリテラシーの問題があったのだ。正直、そのような人はあまり数多くない。平尾さんは、「このままでは、そういう少数の人だけをハッピーにする会社になってしまう」と危惧する。

それは、平尾さんが目指すものとは違う。

「そこで考えたのが、業務ニーズに特化したツールです。ある業務に従事している人しか使えない。だけど、その業界にいる方々は誰もがハッピーになれて、かつ、そのツールを使っていくことで仮説も立てられるようになる。そんなツールがあれば、結果的により多くの人を幸せにできると思い、汎用的な分析アプリではなく業務のニーズに特化した分析アプリの開発に着手しました」

それが、2016年9月にリリースされたばかりの「XICA magellan(マゼラン)」だ。このツールがあれば、もっとたくさんの人をハッピーにできる。平尾さんはそう確信している。

奇跡的な出会いを引き寄せる3つの法則

平尾さんは、音楽と統計分析にかけての知識は豊富だが、起業に関する知識はほぼゼロの状態だった。それでもどうにかこうにか起業をし現在に至っている。言葉は悪いが、経営に関する素人が起業をするにあたり、どのようなことに気をつけていたのだろうか。

「振り返ってみると、奇跡的な出会いが節目節目にあったんです。飲み屋でたまたま隣に座っていたのが、サイカ立ち上げ期のCTOだったり(笑)。先輩に連れて行ってもらった寿司屋の目の前に座っていた人が後の投資家だったり」

かなりの幸運の持ち主のように感じられるが、そのような奇跡的な出会いを結果的に引き寄せたのは、平尾さんの普段の行動にある。

altテキスト

「1つは、自分は無知だと確信すること。僕は音楽しかやってこなかったので、ビジネスにおける無知に関しては心底自覚していました。自分が優秀だと勘違いしていると、周囲が手を差し伸べてくれなくなると思うんです。そして2つめが、悩みはとにかく誰にでも話すこと。飲み屋のマスターでも、両親でもおばあちゃんでも、誰にでも悩みを打ち明けていました。3つめが、悩みの話し方ですね。資金調達のタイミングなどの表層的な課題意識ではなく、何故この会社を立ち上げようと思って、世の中がどうなってほしいのかという、一番深い課題感から話すようにしています」

これらのことは、平尾さんが意識してやっていたことではないという。起業する前は、どこか自分が優秀な人間ではないかという想いがあったというが、起業後は一切なくなったそうだ。それが、上記の行動に繋がっていったのだろう。

2時間練習するなら30分ライブをしろ

起業後は辛い時期もあったというが、現在は楽しいという。

「ひとつは、夢を描くとき。具体的には中長期の計画を立てるときですね。どんどん大きくなる自分の妄想に、“ちゃんと走って来てるな俺”という充実を実感できます。そしてもうひとつが、周りの先輩起業家やパートナー、何より、サイカの新メンバーと出会うとき。新しい考え方や情熱に触れることがとにかく面白いなと思っています。あとは、そんな僕の会社に関わっている社員やクライアントが成果を出したときですね。特に、彼らが納得感や誇りをもって何かを勝ち得たときには、そのプロセスも含めて何物にも代えがたい喜びを覚えます。」

逆に事務作業が辛いと笑う。経費精算は面倒くさい。その気持ち、とてもよくわかります。

平尾さんは、音楽の世界からビジネスの世界へ転身した経歴を持つ。音楽の世界で培ったことが、今の生活に活きているのだろうか。

「バンド時代に先輩に言われたことがあって。8時間家で練習するのなら2時間スタジオに入れ。2時間スタジオに入るのなら30分ライブをしろと言われたんです。ライブがあるからスタジオの練習も濃くなるし、自主練にも身が入る。ビジネスも一緒です。ずっと資料を作っていても意味がない。クライアントに1回提出して問題点を出してもらって、初めて精度が高まるんです。開発も同様ですね。アイデアをこねくり回している暇があったら、ヒアリングしに行ったほうがいい。ヒアリングの結果叩かれたりするかもしれませんが、最終的にはいいものが作れて、みんなに称賛されます。これは音楽もビジネスも一緒だと思っています」

世界をハッピーにするために始めた音楽で得たものは、今ビジネスシーンで形を変えて活きている。人生にやっておいて損なことはないと感じられるエピソードだ。

独立することで本当の意味での安定を手に入れられる

最後に、これから自分でビジネスを始めようとしている人たちに向けて、メッセージを。

altテキスト

「いくつかあるんですが。まずは、このご時世安定なんてないと思っています。そのなかで、独立することで本当の意味で安定するのではないでしょうか。時代に流されず自分で生きていくことが、永遠に近い安定を手に入れられる鍵なんだと思います。もうひとつが、日本では死ぬことはないから大丈夫ということ。仮に起業で失敗したとしても、その経験を買ってくれる人はたくさんいます。本気で起業をすれば、巡り巡っていいことしかないと思っています」

やりたいんだったらやったほうがいい。平尾さんらしい言葉だ。

サイカでは、統計分析の業務に加え、「サイカアカデミー」という講座も開講している。いくらデータがあっても、それを活用できる人間がいなければ何の意味もない。ここでは、データを活用し、周囲を巻き込みながら変革を実現し、プロジェクトを推進する人材を育成することを目的としている。

平尾さんは、膨大なデータを分析することで本気で世界をハッピーにしようとしている。かつて志した音楽の道と、現在の統計分析という道は、一見まったく違う方向に向かっているようだが、平尾さんのなかでは同じ目的地に向かっているのだ。

altテキスト

株式会社サイカ

http://xica.net/

XiCA magellan (サイカ マゼラン)

http://xica.net/magellan/

この記事を読んだあなたにおすすめ

徳田吉範さん
9割の反対と1割の賛同。「食器のファッション誌」というブルーオーシャンを切り開く徳田吉範さんインタビュー

神谷政志さん
やりたいことをやればいい。日本とアジアを股にかけて楽しく仕事をする秘訣とは? 神谷政志さんインタビュー

株式会社テーブルクロス 城宝薫さん
20歳で起業した元学生起業家が目指す理想の社会とは? 株式会社テーブルクロス城宝薫さんインタビュー

mogmogはうす 丸山寛子さん
7年間のOL生活から「食」を伝えるシェアハウスオーナーに転身! mogmogはうす丸山寛子さんインタビュー

KAMAROQ株式会社 中村博充さん
釜石の復興支援から社長へ就任! KAMAROQ社長中村博充さんが語る「生き残れる人材」とは?

factry 西原典夫さん
カフェ経営の原点。渋谷「factory」西原典夫氏が創る“ゆるやか”空間とは?

株式会社プリンシパル 七尾エレナさん
元「焼肉部」代表の美女。女性起業家の七尾エレナ氏が目指す次のステージとは?

未来食堂 小林せかいさん
1日1メニューの定食屋「未来食堂」 チェーン店からの学びとは?