大切なのは後悔が少ない人生を送ること。「私立珈琲小学校」の吉田恒さんインタビュー

公開日:2020年04月08日

2016年7月14日、東京の代官山に「私立珈琲小学校」というコーヒー店がオープンした。少し変わった名前の店を経営するのは吉田恒さん。21年間にわたり教壇に立った、元小学校教師だ。ギャラリーのように展示されたアートに心地よい音楽、丁寧に淹れたスペシャルティコーヒーの香り。つい数年前まで教職に就いていた人がつくったとは、とても思えない空間だ。

吉田さんは、なぜ小学校教師を辞め、独立という道を選んだのだろうか。そして、店を持ったいま、なにを考えているのだろうか。

目次

小学校教諭を辞めた理由

アメリカで訪れた転機

模索する日々に気づいたこと

独立したいま考えていること

これから独立を考えている人へ

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小学校教諭を辞めた理由

教師といえば、経済的には非常に安定した職業だ。あえて辞める必要はなかったのではないだろうか。

「教員という仕事自体は楽しいものでした。ただ、僕が教職に就いたころと働く環境がだんだん変わってきてしまったんです。仕事を辞めるのは年齢ではなく、自分のやっている仕事に疑問を持った時と考えていたので、辞めることにしたんです」

辞めた後の生活に対する不安はなかったのだろうか。

「一般的には次の仕事が決まってから辞めるものだと思うのですが、自分の性格ではできませんでした。当然ですが、子どもたちと接していると、しっかり仕事をしなければいけないと考えてしまいますから。それではいつまで経っても辞められません。ですから、まずは辞めてから後のことを考えようと思ったんです」

伝わってくるのは、仕事に対する責任感。真面目に仕事に取り組んできたからこそ、苦しい想いを抱いていたように感じる。

アメリカで訪れた転機

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結局、吉田さんは44歳の時に小学校の教師を辞めた。この時にはまだ、コーヒー店をはじめることを決めていたわけではないようだ。

「小学校の先生というのは、ある意味でさみしい仕事です。仮に、僕のことを嫌う子がいたとしても、毎月お金をもらうことができるわけですから。一方、たとえば美容師さんなどは、顧客の髪を切り満足してもらうことでお金を得ているわけですよね。それはすごいことだなと、以前から思っていました。また、僕はもともと食に興味があったこともあり、直接お客様からお金をもらう飲食店をはじめようと考えたんです」

一応の方向を決めた吉田さんは、食の専門学校である「レコールバンタン」や積極的に生きる人が多く集まる「自由大学」で学んだ。しかし、ただ学校に通うだけではいけないと考えるようになったという。

「専門学校では、食や経営について勉強していたのですが、授業で聞いた通りにやるだけでは成功しないのではないかと感じました。そして、自分なりのフィロソフィ(哲学)のようなものを持ちたいと思うようになったんです」

こんな想いを抱いた吉田さんは、驚きの行動に出た。

「自由大学の中で何度も名前を聞いていた、アメリカ・オレゴン州のポートランドに行ってみました。そこではさまざまな人と出会ったのですが、ある日、クーリエコーヒーロースターズのジョエルさんという方が焙煎したコーヒーを飲み、その美味しさに感動したんです」

当時の吉田さんは、食事も出すカフェにするか、純粋にコーヒーを愉しめるコーヒー店にするかで迷っていたが、このころからコーヒー店に気持ちが傾いていった。

模索する日々に気づいたこと

吉田さんは、さっそくオープンに向けて動き出した。だが、店をつくるのは簡単なことではなかった。特に苦労したことがあるという。

「もっとも考えたことは、『いい店ってなに?』ということです。ただ、清潔感があってどんな人にもフィットして……と考えていくと、どうしてもホテルのラウンジのような空間になってしまうんです。でも、それでは自分でやる意味がありませんよね」

確かに、ホテルのラウンジはすでに無数にある。これから新しくオープンする個人が、あえてつくる必要はないだろう。

「そんな風に考えていた時、友人が『いい店があるから』と、中目黒のマハカラというお店に連れて行ってくれたんです。いか玉焼のお店なのでホテルのラウンジとは全然違うのですが、本当に居心地のいい店でした。その理由を知りたくて通いつめていたある時、こんなことに気づいたんです。いい店というのは、会いに行きたくなる人がいて、その人が気持ちよく働いている店のことだったんですね」

これはもちろん、客に配慮しない独りよがりな店をつくるという意味ではない。働く側の人間が、「この店で働いている」と胸を張って言える店であるということが大切だということだろう。

独立したいま考えていること

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理想の店についてイメージできた吉田さんは、2015年4月~9月の期間限定でコーヒー店をオープンした。実は、通っていたマハカラには池尻大橋に2号店を持っていたが、事情により休業状態だった。そこを借りられることになったのだ。「私立珈琲小学校」の店名は、この時に決めた。

「はじめは元小学校教師であることを前面に出す予定ではなかったんです。しかし、マハカラの店長さんが『自分の経歴や力をアピールしたほうがいい』というアドバイスをいただいて、『学校』の文字を店名に入れました」

この店は予定通り半年間営業した。その間、多くの客に受け入れられ、メディアでも取り上げられた。いまも閉店を惜しむ当時の声を、インターネット上で読むことができる。

閉店後は、IT企業やアートイベントなどで“出張型コーヒーショップ”を営業していたが、「自分の拠点がほしい」という想いが強くなり、場所を代官山に移して再オープンした。

吉田さんは現在、どんな生活をしているのだろうか。

「朝10時に開店なので、8時には家を出ます。20時に店を閉めますが、そこからコーヒーを淹れる自分自身のトレーニングや仕込みなど、やらなければならないことがあるので、深夜0時に帰宅することもありますね。また、現在も企業に出張してコーヒーを淹れる仕事をしているので、あまり休んではいないかもしれません」

教師時代よりも忙しない日々。それでも気さくな笑顔を向ける吉田さんに、今後の展望を聞いた。

「まずは、このお店を長く続けることですね。将来的には、このお店に両親と一緒に通ってくれた子どもたちが、『おれ、いい店知ってるから行こうよ』なんて言って、デートなどで使ってもらえたらうれしいですね。また、教師を退職した後、さまざまなご縁をいただいたおかげでやってこれたと思っています。特に、最初のお店をオープンする時や営業している時は、いろいろな人にお世話になりました。いつかまた、池尻大橋にもお店を出せたらいいですね」

どこか小学校の先生を思わせる回答に、思わず記者の顔がほころんだ。吉田さんのあたたかな人柄が伝わってくる。

これから独立を考えている人へ

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最後に、これから独立を考えている人に向けてメッセージをお願いした。

「幸せな人生というのは、後悔の少ない人生のことなんじゃないかなって、僕は思っています。お金の問題はありますが、やらないと後悔しそうなことはやるほうがいいと考えています。まずは、はじめること…宣言して、動き出すことが大切だと思います。」

小学校教師という安定した職を捨て、44歳から新しい道を歩んでいる吉田さん。その言葉には説得力がある。後悔の少ない人生を送るためにも、やりたいことをやる道を選ぶべきだろう。

吉田恒

https://www.facebook.com/profile.php?id=100004133478619

私立珈琲小学校

https://www.facebook.com/coffeeelementaryschool/

所 在 地:東京都渋谷区鶯谷町12-6 LOKOビル1F
アクセス:東急東横線 代官山駅 正面口より徒歩6分
営業時間:火〜木11時〜19時 金〜日11時〜23時

定休日:月曜日

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